第1章
第一章 那須という実験場
2年間・900本・100店舗のフィールドワーク
1-1 フィールドワークの始まり
2023年秋、私は那須への行き来を始めた。最初の数ヶ月は、ただ車で走った。場所を覚えるために。
那須は、栃木県の北端に位置する地域である。那須岳を中心に、那須町・那須塩原市・大田原市などが広がる。東京から東北新幹線で約1時間20分。関東圏から日帰りや週末旅行でアクセスしやすい観光地として知られている。
しかし実際に通ってみると、那須は観光地という言葉では収まりきらない何かを持っていることがわかった。
店と店の距離が遠い。主要道路(国道17号)沿いに点在する店舗を巡るには、車が必要だ。路線バスは存在するが、頻度は低い。
だからこそ、人々は「行く理由」を必要とする。なんとなく近くを通ったから、ではなく、あの店に行くために、という動機で移動する。
これが、後に私が「観光記憶圏」と呼ぶものの、最初の観察だった。
1-2 動画実験の設計
2024年秋、私はなすぱらTVという実験を始めた。
YouTube・Instagram・TikTokの3プラットフォームに、那須地域のカフェ・飲食店・観光スポットを記録した動画を毎日投稿する。同じ日に、同じ素材を、同じ編集パイプラインで、3プラットフォームに同時投稿する。
使用機材はiPhone(4K・60fps)。編集は同一カラーグレード・同一テンポ。ボイスオーバーなし、テロップなし。これにより、コンテンツのスタイル差という変数を排除し、プラットフォームの差だけを見ることができる。
1-3 実験の規模
60日間で468本の動画を投稿した。
総インプレッションは約310万回。総再生数は約40万回。コメントの中から分析対象として抽出した1,200件のコメントを、行動段階指標によってコーディングした。
※ 分析の詳細はHCI International 2026(モントリオール)発表論文「Save → Plan → Impulse: A Cross-Platform Sequential Model of Short-Form Video Influence on Tourist Mobility in Car-Centric Rural Regions」を参照。
この実験を通して、私は那須の100店舗を超える店舗に足を運び、店主と言葉を交わした。動画の撮影は、そのまま深いフィールドワークになった。