第五章
戦わないマーケティング
―― 共鳴型経済圏と、地域価値の守り方
那須に来て、最も驚いたことの一つがある。それは、同業者同士が、普通に互いを紹介していることだった。「あそこのパン屋さんも美味しいですよ」「今日はあちらのカフェの方が空いているかもしれませんね」——東京で長く仕事をしてきた私にとって、これはかなり不思議な光景だった。
過剰競争は、世界観を壊していく
現代のマーケティングは、しばしば「奪い合い」になりやすい。しかし多くの場所が、競争によって「空気」を壊していく。静けさが魅力だったカフェが、回転率を優先し始める。すると、「あの場所らしさ」が失われていく。理念崩壊→空気ズレ→常連離脱→SNS違和感→世界観崩壊。
「戦わない」は競争放棄ではない
本章で言う「戦わない」は、努力しない、成長しない、という意味ではない。むしろ逆である。那須の店主たちは、驚くほど真剣に、空間や接客を磨いている。ただし、その競争軸が違う。価格ではなく、世界観を磨いている。「誰より安いか」ではなく、「どれだけ、その場所らしいか」を競っているのである。
共鳴型経済圏(Resonance Economy)
共鳴型経済圏とは、個々の店舗や人が、相互に世界観を傷つけず、共鳴し合うことで成立する経済構造である。地域全体の空気が維持されると、一店舗だけでは生み出せない魅力が生まれる。「街全体が好き」という感覚である。
地域という「OS」上でのアプリケーション戦略
地域の人気店は「地域というOS」の上で動く「アプリケーション」として機能している。OSが強いほど、個々のアプリケーションも輝きやすい。だから、同業者を紹介することは「競争放棄」ではない。それは「OSを守る行動」なのである。地域全体の空気価値を守ることが、長期的には自店の価値を守ることにつながる。