終章
終章 それでも、人は場所を忘れない
私はこの本を書きながら、何度も自分自身に問い続けた。
なぜ人は、その場所へ行くのだろう。
なぜ人は、また戻るのだろう。
なぜ人は、その場所を忘れないのだろう。
本書の中で、私は様々な研究を見てきた。Place Attachment・Place Identity・Topophilia・Third Place・Experience Economy。それらは、それぞれ違う言葉を使いながら、見ていたものはどこか似ていた。人と場所との関係。その不思議な結びつきである。
この旅の始まり
私は、この本を書くために那須へ行ったわけではない。研究をするために動画を撮ったわけでもない。観光記憶圏という理論を作るために、カフェへ通ったわけでもない。
息子の進学がきっかけだった。だから、最初はなすぱらTVで900本以上も撮るとは思わなかった。HCIに研究論文を出し、カナダで発表するなど考えもしなかった。書籍を12冊書くとも思わなかった。観光記憶圏という言葉を作ろうとも思わなかった。
しかし、振り返ってみると、全部そこから始まっていた。リビングストン。SUDA COFFEE。Cafe Facile。Sai Cafe。那須どうぶつ王国。らーめんたかはし。
私は、そこで何度も同じ光景を見た。人が戻ってくる。また来る。誰かを連れてくる。その理由を説明できない。しかし、確かに戻ってくる。
その理由を知りたかった。そして気が付くと、動画を900本作っていた。論文を書いていた。観光記憶圏という言葉を作っていた。AIRSという実験を始めていた。
AI時代に起きていること
今、世界は急速に変化している。AIは、情報を整理する。比較する。推薦する。要約する。検索も変わる。地図も変わる。SNSも変わる。
しかし、私は二年間のフィールドワークを通して、一つだけ確信に近いものを持った。
人は、効率だけでは生きない。
もっと安い店はある。もっと便利な店はある。もっと近い店はある。それでも、人は戻る。
私は、その答えの一部が、記憶にあると思っている。
記憶の地図
私たちは、地図を持っている。しかし、それはGoogle Mapsの地図ではない。心の中の地図である。
そこには、場所がある。時間がある。人がいる。感情がある。物語がある。
ある人にとってのリビングストン。ある人にとっての尾道。ある人にとっての湯布院。ある人にとっての京都。それぞれが違う。しかし、確かに存在する。
私は、その地図を「観光記憶圏」と呼んでみた。
それが正しいかどうかは、まだ分からない。本書も、完成した理論ではない。仮説である。観察である。途中経過である。しかし、少なくとも私には、そう見えた。
観光地とは、消費される場所ではないのかもしれない。
人が、人生の一部を置いて帰る場所なのかもしれない。
そして、その場所は、今日も誰かの記憶を静かに作り続けている。
参考文献
Fujii, M. (2026). Save → Plan → Impulse: A Cross-Platform Sequential Model of Short-Form Video Influence on Tourist Mobility in Car-Centric Rural Regions. HCI International 2026, Montreal, Canada.
Oldenburg, R. (1989). The Great Good Place. Paragon House.
Pine, B. J., & Gilmore, J. H. (1998). Welcome to the experience economy. Harvard Business Review, 76(4), 97-105.
Proshansky, H. M. (1978). The city and self-identity. Environment and Behavior, 10(2), 147-169.
Scannell, L., & Gifford, R. (2010). Defining place attachment: A tripartite organizing framework. Journal of Environmental Psychology, 30(1), 1-10.
Tuan, Y. F. (1974). Topophilia: A Study of Environmental Perception, Attitudes, and Values. Prentice-Hall.
著者について
藤井実彦(Mitsuhiko Fujii)
ライター・コメンテーター・コンサルタント・マルチベンチャープロデューサー。栃木県那須エリア在住。
マンガ脚本家を経て、保守系論壇誌への寄稿、なすぱら®の商標登録保有者として地域コンテンツプロデュースに従事。現在は那須地域アニメ・コンテンツプロジェクト「なすぱら」、シェルター事業「Ancar Shelter」、出版支援、Webコンテンツなど複数のベンチャーを並走させている。
2023年より那須地域に拠点を置き、約2年間・900本を超える動画制作と100店舗を超えるフィールドワークを実施。この実証研究は、HCI International 2026(カナダ・モントリオール)にて国際学術発表される予定。
著書多数。AI時代における地方小規模店舗の生き残りをテーマに、複数の書籍を刊行。