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第8章

第八章 世界観光記憶圏35

比較研究という次の旅

8-1 問い:これは那須だけの現象か

本書の中で、私は観光記憶圏という仮説を提示した。そして日本観光記憶圏50という第一版の仮説的地図を提示した。

しかし、ここで重要な問いが生まれる。

これは那須だけの現象なのだろうか。

あるいは、日本だけの現象なのだろうか。

もし観光記憶圏という仮説が正しいなら、世界にも類似した構造が存在するはずである。

ただし、ここで強調しておきたい。私は、那須以外の地域を二年間観察したわけではない。したがって、本章は結論ではない。比較研究計画である。

8-2 比較軸

世界各地を観察する場合も、第七章で示したTMZ Indexの七指標(世界観密度・個店比率・Maps依存度・再訪性・発見性・宿泊性・物語性)を比較軸として用いる。

この軸で見た時、いくつかの興味深い地域が浮かび上がる。以下は、文献・映像・旅行記などの二次情報に基づく暫定的な候補リストである。現地フィールドワークによる検証が、今後の課題である。

8-3 世界観光記憶圏候補35地域

北米・カリブ(5地域)

Carmel-by-the-Sea(米カリフォルニア)、Portland・Hawthorne地区(米オレゴン)、Oaxaca(メキシコ)、Trinidad(キューバ)、Charleston Historic District(米サウスカロライナ)

欧州(12地域)

Tuscany・San Gimignano周辺(イタリア)、Cinque Terre(イタリア)、Sintra(ポルトガル)、Rye(英国)、Cotswolds(英国)、Hallstatt(オーストリア)、Bruges(ベルギー)、Colmar(フランス)、Dubrovnik旧市街(クロアチア)、Kotor(モンテネグロ)、Ohrid(北マケドニア)、Gimmelwald(スイス)

アジア・オセアニア(12地域)

Ubud(バリ島、インドネシア)、Luang Prabang(ラオス)、Hoi An(ベトナム)、Chiang Mai・旧市街(タイ)、Bhaktapur(ネパール)、Udaipur(インド)、Zhouzhuang(中国)、Jiufen(台湾)、Bukchon Hanok Village(韓国)、Fitzroy・Collingwood(メルボルン、オーストラリア)、Maputo旧市街(モザンビーク)、Lijiang(中国)

中東・アフリカ(6地域)

Essaouira(モロッコ)、Chefchaouen(モロッコ)、Stone Town・Zanzibar(タンザニア)、Jaisalmer(インド)、Goreme・カッパドキア(トルコ)、Petra周辺(ヨルダン)

8-4 Carmel-by-the-Seaと那須の比較

Carmel-by-the-Seaを例に、那須との比較仮説を示す。

共通点として、個人店文化・チェーン店の抑制・芸術家文化・発見性の高さが挙げられる。実際、Carmelは市の条例によってチェーン店の出店を制限しており、それが独自の世界観密度を生んでいるとされる。

相違点として、徒歩文化(Carmel)対車文化(那須)、海洋文化(Carmel)対山岳・高原文化(那須)、富裕層比率の違いが挙げられる。

この比較が示唆するのは、観光記憶圏の成立に「チェーン店の抑制」という条件が関係している可能性である。那須では制度的な抑制はないが、地理的な条件(店舗間距離・車依存)が事実上の参入障壁として機能しているかもしれない。

8-5 Tuscanyとの比較

Tuscanyは、農村景観・小規模事業者・宿泊型観光・地域物語という点で那須と共通点を持つ。相違点は、歴史の厚み・ワイン文化・EU規模での観光インフラである。

Tuscanyのagriturismo(農家民宿)文化は、那須の農場・牧場体験と類似した「生産現場への関与」という記憶生成装置として機能している可能性がある。

8-6 Ububdとの比較

Ububdは「時間を忘れるために行く」「自然と文化」「個人店」という点で那須と共通点を持つ。相違点は、宗教文化の濃度・国際観光比率・気候の違いである。

Ububdのケースで興味深いのは、芸術・農業・スピリチュアルという三要素が観光記憶圏を構成しているという点である。那須の場合、カフェ・食・自然という三要素が対応している可能性がある。

8-7 比較研究の意義と限界

世界観光記憶圏35の提示は、観光記憶圏という仮説の普遍性を問うための出発点である。

那須での観察から導いた七指標が、文化的・地理的に異なる地域でも有効かどうかは、現地フィールドワークなしには判断できない。指標の重みが地域によって異なる可能性もある。

しかし、比較する地図を持つことで、観察すべき問いが明確になる。これが本章の目的である。